みなさん、無事過ごしていますでしょうか。
私も家族も、元気にしています。
まだまだ大変な方も多い中ですが、生活も徐々に普段に近づいてきたので、今回の地震の事振り返ってみようと思います。
あの日、自宅で次男をおぶって家事などをしていました。
テレビをつけていたので、緊急地震速報がなり…揺れが大きくなってきたまさにそのとき、夫から電話。
『絶対つながらなくなると思ったから電話した』とのこと。
そして揺れている間、電話をつないでいました。
そのせいか、揺れが大きかったとかこわかったとかしか覚えていません。
夫の声を聞いていたので、安心感があったように思います。
わが家はまだ建ててからそんなにたっていないし、背の高い家具もあまりないせいか、家の中もちょっとした小物が落ちてきたぐらい。
揺れがおさまって、隣の実家を見てみたら、壁がわれて落ちていました。
田舎に住んでいるので、まわりの被害もあまりないように見えました。
心配なのは保育所にいる長男。
確か今日は避難訓練だったはず…。
地震のあと、どうやら停電らしいことがわかり、雪も降ってきたのでとにかく長男を迎えに行きました。
保育所に着くと、暗いホールで毛布をかぶってみんなで集まってお迎えを待つ子供たち…。
午前中の避難訓練の成果もあってか、無事避難できたそう。
うちの長男は「泣かなかったんですよ〜」と先生に言われましたが、迎えに行ったそのときは涙目でした。
帰宅して、不安な気持ちで懐中電灯などを集めて子供たちとじっとしていたら、夫が割と早く帰ってきてくれました。
その後のことはよく覚えてませんが…
隣にある実家に食材があり、料理もできたのでそこでみんなでご飯を食べることもできました。
井戸水もあるし、トイレも使えたので、しばらくは実家と自宅を行き来していました。
晴れた日には、外の井戸水で洗濯や食器洗い。
次男をおぶって、たらいで洗濯ものを洗う私を見て、お義父さんが『昭和の光景だな〜』と笑っていました。
ライフラインが止まってしまっている中でしたが、いつも早朝から夜遅くまで仕事の夫が家にいて、実家にもみんないて、元気にしていることがとても嬉しかったです。
それと同時に、もし家族が無事でなかったら…という思いも常にありました。
停電になって、みんなでリビングに布団をしいてすごしました。
ラジオを聞きながら、長男と夫と、はじめてババ抜き(トランプ)をしたりしました。
次男のミルクが足りなくなりそうで、どこかで手に入らないかとママ友たちにメールをしたら、一人の友人がミルクとレトルト離乳食を持ってわざわざ訪ねてくれました。
その友人は、まだ知り合って間もないのだけれど、震災後はじめて家族以外と顔を合わせ、しかもそんな風に気遣ってくれたので、私は涙をこらえるのに必死でした。
後日、その友人から『お義父さんを探しています』とのメール。
私はツィッターにその呼びかけをのせました。
それだけで、ありがとうといってくれたけど。
後日、『お義父さん、助からなかった』とのメールがありました。
身近で助からなかった方のお話ははじめてでした。
何もかける言葉も見つかりませんでした。
…なんだか、いろんなことがあって。
まとまりません。
このブログも、下書き3回目です。
でもまとまらない。
でも、これが現状なので、このままアップさせていただきます。
今は、手に入らない食材と放射線などの不安がいっぱいです。
テレビで何度も流れる、あのときの映像。
たびたびおこる余震。
治安の悪くなる地元。
自宅に子供たちと私。
不安で、夜お風呂に入るのがこわいです。
でもお風呂にすら入れない人もまだまだいます。
最近までは、夜布団に入る時、このまま朝がこないんじゃないかと不安になったりもしました。
でもきっと大丈夫。
明日は今日より、いい日でありますように。
1 コメント. 新しいものを残す
あの怖い地震からたくさんの災害情報や出来事がありすぎて、毎日日記をつけた方がよかったかな?と最近思う様になってます。
はじめての家族とのトランプとか家族が長い時間一緒にいれるのって私もイイな。と感じていました。(うちは将棋してたよ)
復旧しつつもまだまだ不安は多いけどこれからもお互い連絡しあって頑張ろうね!